開業医 VS 勤務医
5月18日に開かれた財務相の諮問機関である財政制度等審議会は2010年度の保険点数改正において、「開業医の報酬を引き下げ、病院勤務医に重点的に医療費を配分する」方針を固めた。なぜなら現在の病院勤務医の激務は、開業医と勤務医の所得格差により開業医志向が強まっているとの見方による。では、開業医と勤務医とではどのくらいの所得格差があるか?6月3日の財政制度等審議会では、「勤務医の平均年収は約1415万円であり、開業医の概ね半分程度」とのことである。
たしかに、勤務医の激務の解消は早急に解消する必要があり、その視点として開業医と勤務医の収入格差を論じるのも良いだろう。しかし、その場合以下のポイントに配慮した比較が必要なのである。
# どの程度の格差なら妥当なのか?若しくは格差があっていけないのか?
# 開業医が高すぎるのか、勤務医が低すぎるのか、それとも両方か?
と言うことを視点に考えてみたいと思います。
(1) 自営業者である開業医の年収とサラリーマンである勤務医の年収を比べること自体がピントハズレ
よく報道なので、開業医と勤務医の「収入」という比較をするのをみられるが、「収入という観点では無く、所得という観点で比較することがまず第一の基本である。
そもそも、開業医(自営業者)は収入から人件費をはじめとした諸経費を差し引いた金額が概ねサラリーマンの収入となる。経費率は個々の事業所によって異なるが仮に70%とすれば開業医の収入が4000万円の場合、勤務医の収入に該当する数字は約1200万円と言うことになる。
(2) 開業医と勤務医の仕事の内容は異なる
開業医の所得には勤務医と同じ医療行為に対する報酬に加えて、経営者としての管理報酬、そして資本家としてのみなし配当報酬も含まれている。まぁ、わかり安く言えば、マスコミに勤める例えばアナウンサーが2000万円の給与を会社から貰うために、その会社の株式を5000万円買って、それも配当無し。これがみなし配当という意味である。そもそも医療行為は営利で行ってはいけないということになっている。つまり配当禁止ということなのでこういった比較にはみなし配当報酬は含めない方が良いという考えもあるのだが。でも、この配当禁止も抜け道が沢山ある。例えば開業医であれば給与に加算するという方法もあるし、かりに法人病院の出資者にクリーニング業者がいれば、配当は無くても病院のクリーニングや清掃を一手に受注して、そこで安定した利益をあげるということも可能である。
自治体が出資する病院はともかく、民間の一個人が医療事業に資産を出資したらなんらかの見返りを考えるというのは至極当然のことなのだ。もし、完全に配当禁止ということを前提に考えるなら、開業医と勤務医を同じ条件に考えなければならないから、病院の勤務医は就職時に給与にみあった出資金を払い込みする必要がある。いや、勤務医だけでなく病院に勤務する人は全てとなったらどうだろう?いや、推し進めて会社に就職するにはその会社の株式を購入しなければならず、且つ無配であれば、日本社会はどうなるのだろう?
これらを踏まえれば、開業医の報酬にはみなし配当報酬も含まれることは歴然である。
さて、ではみなし報酬をどのくらいと考えるか?仮に出資金1000万円(もちろんこの金額で医院はたたないので残りは借金ということになるのだが)とすれば5%配当で50万円ですねぇ。
(3) 年収6000万円の持つ意味
仮に年収(年間売上)6000万円の歯科医院があるとする。仮に週休1日で1日10時間診療すると、1年間の診療時間は10×313=3130時間(これは週休2日で1日8時間働いた人が月に100時間の時間外労働をするのに等しい)。つまり1時間であげなければならない収入は約2万円。1分にすれば300円ということになります。
それに対して
① 初診料: 1820円(約3分分)
② 再診料: 400円(約40秒分)
③ 抜歯(臼歯): 2600円(約4分半分)
これからわかるように、右から左に患者さんを流していかなければできない数字でしょう。カルテを書く時間もけっこうかかるんですよ。まぁ、保険診療で、超過勤務せずにこの数字をあげるのはなかなか無理があるでしょう。
では年収6000万円の歯科医師の所得はどのくらいになるか?経費率70%で1800万円ですね。
しかし前述のように出資金は1000万円ですから、開業に5000万円かかったとすると4000万円の借金があり、それを所得の中から返済しなければなりません。この場合、何年で返済するか?そして、減価償却費という経費分を利用しての返済ということも加味しなければなりませんが、取り合えず10年で減価償却費以外の返済分を借金の半分と仮定すると、2000万円を10年で返済することになるので、年間所得は1800-200=1600万円ということになる。
(4) 必要経費
よく自営業者はサラリーマンに比べて必要経費が認められるから良いという話しをします。では開業医と勤務医を比較すべき必要経費とは概ね以下のものが考えられます。
① 通勤費: たしかに開業医は経費で車が買える。とはいうものの、そういった比較は何も開業医VS勤務医だけの話では無く、自営業者VSサラリーマン全てで言えることでしょう。サラリーマンの方には通勤手当などのありますから、まぁ比較上はチャラということで。
② 被服費: いわゆる仕事着の白衣などは、開業医は経費で賄えますし、勤務医は病院からの支給でしょうから実質的に負担はないでしょう。
③ 研究図書費: 医師という仕事上これは結構負担が重いですね。開業医の場合には図書費や学会への出張費など全額経費で賄えます。勤務医はどうでしょう?もちろん自費で購入したりする書籍代や旅費の負担は大きいのではないでしょうか?まぁ、計算上ある程度は開業医には無い給与所得控除で賄えるとは思いますが。また、勤務先によっては図書費や学会への出張費が出たりすることもあるでしょう。
逆に開業医にとって負担となるのは、学会や研修会への出張時は医院を休診する必要があるということです。休診をするということは、自分の収入が減少するという影響だけでなく、従業員の給与を含めた医院の固定費の資金源が減少するという意味では非常なマイナスです。校医をしていれば学校の健診、その他乳幼児の健診など、その間医院を留守にする経済的なマイナスは非常に大きいです。しかし、勤務医の場合には学会への出張などはたぶん有休の範囲で賄われるのでしょう。
(5) 実質給与の比較
上記のように開業医VS勤務医では比較上補正すべき点が多々あります。次は実際の給与比較時のポイントを考えて見たいと思う。
① 社会保険料
開業医は通常「国民年金」と「医師(歯科医師)国保」に加入しているのに対して、勤務医は「厚生(共済)年金」と「健康(共済)保険」に加入しているのが通例だ。
これらを比較しようとしても、それぞれ保険料や給付金が異なるので難しいので、保険料の負担金で比較してみよう。
「国民年金」や「医師(歯科医師)国保」は全額自己負担であり、配偶者や扶養家族がいると保険料は加算される。それに対して「厚生(共済)年金」や「健康(共済)保険」は半額が事業主負担であり、配偶者や扶養家族がいても保険料は加算されない。
平成19年9月分の厚生年金保険料は14.996%、政管健保保険料は9.43%(介護保険第2号分を含む)。従って合計保険料24.426%の半分の12.213%は事業主負担となり、実質的な所得とも言える。
② 賞与
開業医の月収(月間所得)を12倍すると年収(年間所得)になるが、勤務医の場合にはその他に賞与(ボーナス)が加算される。賞与は勤務している病院などによって異なるが、平成21年5月の人事院勧告によると年間4.5ヶ月という数字がある。
③ 退職金
開業医に退職金は無いが、勤務医には退職金があるのが通例だ。これも勤めている病院によって大きく異なるのだろうが、25才から60才まで35年勤務で、退職金は35ヶ月分と仮定する。
# これらの①②③を勘案して、仮に開業医の月収を200万円、勤務医の月収を100万円と仮定すると以下のようになる。
※ 開業医の年収(年間所得)=200万円×12ヶ月=2,400万円
※ 勤務医の年収(年間所得)=(100万円×12ヶ月)+(100万円×12ヶ月×0.12213)+(100万円×4.5ヶ月)+(100万円×1ヶ月)=1200万円+146万円+450万円+100万円=1,896万円
つまり、月収で比較すると2対1の開業医と勤務医の収入も、こういった補正を加えて比較すると、1.266対1.0となる。
従って、よくマスコミの報道で表示される月収の比較は、恣意的に開業医の収入を際だたせて多くみせる効果となっている。したがって、単純に収入の比較をする場合にも、この程度の補正を加えた年収で比較してほしいものである。
財政制度等審議会の資料では勤務医の給与が約1,415万円で開業医の約半分としている。この場合、年収の比較なので、賞与などの補正はされているが、その他の補正はされていないので、給与の単純計算で考えても、約20%は差が縮まるのだろう。ましてや、平均年齢の補正や、資本支出、立場の違いなどを加味すれば、その差はもっと縮まるのだろう。
従って、こういった審議において「開業医の年収は勤務医の年収の倍」といった評価が一人歩きしないようにしなければならないのである。
★ その他の考察
# 医療経済実態調査によると、病院経営医師の平均年齢が病院勤務医医師よりも10才以上上であり、場合によっては勤務医の給与の平均値には研修医等のいわゆる低賃金の医師のデータも入っている可能性が高く、必然として開業医の方が勤務医よりの高いデータが出やすい。
# 一般の企業の場合もそうであるが、医療機関でも大規模な所は、福利厚生事業が拡充していたり、子供を預けながら務められるように託児所が整備されている所もあり、場合によっては安価に社宅?を利用できる所もある。こういったものも、ある種現物給与の意味合いを持つことがある。
# 労働生産性の解釈
労働基準法においては、医療機関の職員の法定は大規模事業所と小規模事業所では異なる。大規模事業所では法定就業時間は週40時間であるが、小規模事業所では週44時間で単純に考えれば労働時間が1割長い。従って、労働生産性を同じで同じ業務量で比較すると、大規模事業所では小規模事業所に比べて1割従業員が多く必要であるし、結果人件費の増加により収益率の低下は必然である。
つまり、小規模医療機関、つまり開業医における生産性は大規模事業所に比べて長い労働時間に支えられているといっても良い。おまけに、給与や休日、福利厚生などに関しても大規模事業所に比べて良いとは言えない。それらの事情も医療現場における人手不足の一因になっているのだろう。従って、開業医の収入が勤務医に比べて多いから減らせと言った議論の前に、職員の労働環境の改善に資金を廻すように取り組む姿勢も重要であろう。逆に言えば、大規模事業所の職員が小規模事業所の職員並の労働条件で働けば赤字と言われる多くの病院の収支もだいぶ改善するのではないかと思われるが、言われるまでも無く、それは本末転倒なのだ。
# 蛇足
病院の収支と言えば、こういった話がある。
・ 病院は人の集まる所なので現代では駐車場がかかせない。駐車場の購入管理費(賃借料)の収支に与える影響は大きい。したがって、駐車場の経費を圧縮する手法としての裏技。病院の周囲にたとえば市立公園を配置し市立公園としての駐車場を整備し、事実上病院の駐車場として利用する。病院のような収益事業での収支計算にはうるさいが、公園などの支出にはうるさくないのが世間というもの。こうすれば、駐車場関連経費を圧縮できるので収支は改善する。もっとも、そもそも公立の駐車場は経費のうちの大半を占める固定資産税が非課税ではあるので、民間病院よりも恵まれてはいるのだが。
これぞ、「公的病院の会計の裏技」か?
Dscy Report:090615


医師優遇税制について、触れていないので
この点について言及し比較してほしい。
たしかに医師優遇税制というものは存在しますが、どれだけの人が使っているんでしょうねぇ。少なくとも私の身近にはおりません。
先日以下のようなニュースがでました。これが全部ではないでしょうが、現在は措置法26条を使用している人は特殊な例ではないでしょうか。
111028: 会計検査院は財務省と厚生労働省に対して、医師優遇税制は「税負担の公平性の観点から問題」として見直しを要求。2008~2009年に延べ約1,650人で所得税約32億円が減税。