抜歯の適法性と説明義務違反による損害賠償判決
★ 抜歯の適法性と説明義務違反による損害賠償判決(東京地裁判決 平成19年10月4日)
以下は、十分な説明を行わず抜歯を行い、その結果インプラントの必要が生じたことによる損害賠償請求訴訟の判決の要旨である。まぁ、説明義務違反とか何とかは、取り立てて取り上げる内容では無いが、この中の裁判所の判断の中に、「根管治療を行う際に実体顕微鏡を使うのは現時点での医療水準」的な見解があるが、これが定説となっては困っちゃいますよねぇ。控訴しているのか否かはわかりませんが、こういう争点はきちんと明らかにして貰いたいと思います。
★ 平成19年10月4日 東京地裁判決
右下6番に銀合金製のアンレーが装着してあったが3度の齲蝕と診断。その後抜歯(正確には抜歯行為による歯冠崩壊)を行ったが、その際「抜歯を行う説明」をしなかった。
# 原告の主張
(1) アンレーをレジンに詰め替えるよう求めたのに、どういなく抜歯行為をした。
(2) 主訴の歯を修復不可能な状態とした。
# 原告の損害
(1) 被告歯科医院における診療費4,040円。
(2) 他院におけるインプラント費用等。約900,000円。
(3) 慰謝料6,000,000円
(4) 弁護士費用約1,810,000円
合計 約8,700,000円
# 被告の反論
(1) 当該歯を保存することが不可能で抜歯するしか方法がなかった。
(2) 今回の欠損歯の補綴に対しては一般にブリッジで十分である。
# 裁判所の判断
(1) 昔は大きなむし歯は即抜歯というのが多かったが、最近ではできるだけ歯を残す治療を行うべき。
(2) 根管治療に対する判断
根管治療は、根管由来の細菌や刺激物質が原因で生じる根尖性歯周組織疾患の予防や治療を目的とするものであり、①抜髄後の根管(抜髄根管)や②すでに歯髄が失活して感染が生じている根管(感染根管)を機械的および化学的に拡大清掃し、適切な根管充填が行えるように根管の形態を形成すること、すなわち、根管内から根尖性歯周組織疾患の原因となる細菌や刺激物質を除去するとともに、これらの有害な物質がふたたび根管内に貯留しないように、根管内を化学的に安定で生体に傷害を起こさない物質で密閉(緊密な根管充填)できるように準備することである、と定義される。なお、根管治療のなかに根管充填を含める場合もある。
根管治療は、根管の入り口を探すことから開始されるが、根管が細い場合などには根管口を見つけるのが難しい場合がある。根管の探索にはリーマーやファイルが用いられる。
細い#10のファイルを根管に挿入したときに抵抗が強く根尖孔まで達しない場合には、化学用洗浄剤を併用しながら、同ファイルの引き戻しと押し込みを繰り返して根管狭窄部を拡大し、根管充填を行う。また、根管が弯曲している場合には、ファイリング操作(器具を根管壁に接触させ、ヤスリのように上下運動させる操作)のみで根管を拡大する。
根管治療の成功率は、以前はかなり低く、適応症も限定されていたが、最近では成功率は高まり、適応症の範囲は広がってきている。現在では、歯周病や根面う蝕が進行し残存する歯根膜が極めて少ない歯を除いて、外科的療法や歯周療法との併用により、根管治療の完全な禁忌症は少なくなっている。
髄腔や根管の形態は、歯種によって異なり、年齢、う蝕、咬耗、摩耗にも大きく影響を受ける。術前のX線写真は二次元像であり、特に複根歯ではX線写真による天蓋、髄腔壁、根管の明確な確認は難しい。根管治療時には、X線写真から得られる情報を参考に、直視で十分に確認してより正確な情報を得ること、更に術中に手指の感覚で情報を得ることが重要である。
平成2年に入る頃から根管療法の分野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め、現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより、天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。また、石灰変性により閉塞した根管を見つけ出すことも可能である。髄床底や根管内を実体顕微鏡でよく観察すると、閉塞した根管も容易に発見できる。
(3) 最終判断
以上によれば、被告Bは、本件歯の抜歯を回避するための手段を尽くさず、 かつ、原告に対して抜歯の必要性を説明せずに、本件歯の抜歯を行ったものと認められるから、被告Bの本件抜歯行為は原告に対する不法行為を構成し、 被告Bは、民法709条に基づき、被告Cは、民法415条、同法715 条1項に基づき、それぞれ、本件抜歯行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負うと解すべきである。
(4) 将来のインプラント手術費用28万4244円
証拠及び弁論の全趣旨によれば、インプラント手術の成功基準はインプラントを入れた後最低10年間維持されることであるといわれており、●●クリニックにおいては、インプラント治療後10年間維持されることを保証していることが認められ、原告の生涯において(本件抜歯行為の時点における原告の平均余命は39.64年)、今後少なくとも2回のインプラント手術を受ける必要があることが認められる。
(5) 賠償額
慰謝料50万円、弁護士費用20万円を含む総額約164万円の賠償命令。
★ 裁判所の判断の追記
(1) 平成2年に入る頃から根管療法の分野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め、現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより、天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。
# たしかに、根管治療に実体顕微鏡は有効であり、歯内療法専門医(主として私費治療だが)を中心に普及している事は理解できる。しかし、その普及率などから考えると、現在の歯内療法の医療水準の一つとして考えて良いのであろうか?
かりに医療水準として考えた場合、保険診療における採算の面ではどうなのだろうか?
実体顕微鏡には色々なものがあるが、仮に100万円の実体顕微鏡を購入して10年使用し、金利や償却資産税、メインテナンス費用を無視したほんとの最低レベルのコストで計算してみた。診療日数は週休2日を前提とし、正月やお盆休みを加味すると年間250日。10年では2500日である。つまり、1日あたりのコストは、400円ということになる。
さて、現在根管治療を行う(着手する)ケースがどのくらいあるかは意見の分かれるところであるが、当院の例では1~2例である。根管治療の点数は130~570点ですから、1ケース当たりの400円というコストは決して少ない金額ではないです。そして、裁判官は「欧米を中心に普及」と言っておりますが、『歯科診療報酬の日米比較 ・ 月刊保団連平成18年7月号より(1999年デンタルエコノミクス誌調査)買力平価換算』によると、根管治療の料金は「日本:8,770円、アメリカ:72,093円(大臼歯)」と8倍もの開きがあるのである。従って、欧米での普及を根拠に、日本における根管治療の水準として判断されては困りますね。
たとえて言うならば、これは、「タクシー会社で事故の時の乗客の安全を考えると車種はベンツであることが水準である。」や「裁判はえん罪や恣意的な判決を防ぐために、全て15人の裁判官の合議制で行うのが水準である。」というのと同じで、コスト計算を逸脱した判断と言わざるを得ないのである。
(2) 社団法人東京都歯科医師会の医事担当理事がデンタルX線写真で「本件歯の根管は狭窄しており、この根管を拡大して根管治療を完遂するのは不可能に近い」と鑑定しているのに対して、裁判所は「術前のX線写真は二次元像であり、特に本件歯のような複根歯ではX線写真による根管の明確な確認は困難で、正確な情報を得るためには、X線写真から得られる情報を参考に直視で十分に確認する必要がある」と判断している。つまり、術前のX線写真だけでは根管治療の予後を判断するには不十分であるということである。

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